潔さと もののあはれ

あまたある映画の中で
何が好きかと聞かれたら
まず浮かぶタイトルのひとつが
「L’Amant」です。

仏領インドシナを舞台にした
みずみずしいフランス人女性と
裕福な華僑の青年との
激しく切ない交流を描いた作品。

私が惹かれたのは
色調を抑えた
匂いたつような映像美も然ることながら
一にも二にも
あのJeanne Moreauのナレーションです。

人生の酸いも甘いも味わい尽くし
そのうえで一世を受け入れる
風格と儚さを体現したような声色。

独りごとのようであり、
自宅サロンでくつろぐ
親しい人たちへの語りかけのようでもあり、
あるいは
長い人生を送ってきたすべての人に
寄り添う心の顕れとも言える、
そんな語り口。

仏国人の父と英国人の母をもつ稀代の大女優は
仏語でも英語でも、他界したあとでさえ、
その少々かすれた甘美な低音で語りかけてくれるのです。

もうそれだけで人生の悲喜こもごもが
醸し出され心を奪われる、
あの潔さともののあはれは
一体どこから生まれるのでしょう。

そして映画の終盤、
主人公の女性がフランス本国へ戻る船で
Chopin Waltz Op.69 No.2を聴いて
泣き崩れる姿に

人の生の皮肉と
どうしようもない圧倒的な耽美への愁いを
ともに流す涙でしか表せない
自分への歯がゆさを感じてしまうのです。

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白乃ちえこ
白乃ちえこ
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