香りと証

もしも
最後の晩餐は何を望むか聞かれたら
迷わず
母が作ってくれた子持ちカレイの煮つけ
と答えます。

普段は肉も魚も頂きませんが
今生の最期であれば
カレイに感謝を捧げつつ
ありがたく味わいます。

母という人は
不器用ながら何ごとにも心を込めて尽くす人で
そんな温かい人が作った煮つけを
心ごと与えられて育った私は
何と幸せだったろうかと思い至ります。

あのこっくりと甘じょっぱい香りは
蚕にとっての繭のように
安心をもたらしてくれるもの。

日本へ里帰りすると
夕餉の支度の香しさが漂う路地を歩くことに
ことのほか惹かれるのは
あの温もりを感じられるからかもしれません。

立ち昇る香しい湯気が
あのときの暖かさや
そのときの声の弾みや
またあんなときの甘やかな味やらを
時空を超えて甦らせます。

母がしてくれたように
大切な人たちの
大海原で息つく船のような
安らぎの記憶になる

そんな生きる証を
しなやかにつらぬく人でありたいと希うのです。

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白乃ちえこ
白乃ちえこ
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