ウタおばさんとホンダさん

祖父の従妹だったというウタおばさんは
ホンダさんと一緒に
坂の上の慎ましい家に住んでいた
子どもの頃に坂を登って遊びにいくと
芸事で生計を立てていたウタおばさんは
小紋を着て髪を結い上げて
いつだって背筋を伸ばしていた
三味線を弾いて唄を聴かせてくれた
ホンダさんは色白で頬がほんのり紅色で
真っ白な髪をきちんと櫛で整えて
いつだってしゃきっとしていた
戦後の貧しい時代でもパナマ帽を
冠っていたというホンダさんは
誇り高い美学を持っていた
子どもだった兄や私がいても
多少の艶事をいたずらっぽく
話したかと思ったら
二人がどうやって出会ったかを聞いても
飄々とはぐらかす
もう確かめようのない
ウタおばさんとホンダさんの恋物語は
つかみどころのない
それでいて駆け引きを身上とした
江戸の粋 そのものだった