下駄の音

「おーい、アサシ取って」
父が生来の大きな声で言う
母は黙って新聞を渡す
神田で生まれ育った父には「ひ」が言えない
江戸っ子だからである
ばか野郎 や あの野郎 などが頻出単語
神田明神の手水舎に放尿し
木陰から様子を眺めて楽しむガキ大将も
泣きつく弱い子どもは可愛がった
おそらく江戸っ子最後のひとりだからである
新郎の父としてのスピーチも
日本語のわからない外国人相手の挨拶も
練習した雛形が
いつの間にか江戸っ子語りにすり替わってしまう
それでも人の心にすとんと届く
幼かった孫たちを連れて
細い路地を銭湯へ向かった
あの下駄の音が甦る