兄の爪切り

兄も子供だった頃のものだから
ずいぶん古い品である

あの爪切りは
一体いつから愛用していたのものだったか

不細工ながら辛うじて犬らしく象られ
口が爪切り部になった
ころんとしたあの青い犬

今の世にもいるのだろうか
兄はそれはそれは腕白だった

実家からかなり離れた
どなたかの庭でたわわに生る柿をもぎっては
ガラス窓めがけて投げつけて
ぼろ自転車で疾走したり

クラスのいじめっ子を思いっきり倒したり

幼稚園児としては目を見張るものだった

そんな兄が9歳頃だったか
自転車で転倒し頭部を九針縫う事故に遭った

そして誰に言われるでもなく
突如として猛勉強を始め
その後の人生を大きく変えた
なんとも不思議な出来事だった

大人になって、兄は渡米、結婚し娘を授かった

その後兄たちが移り住んだ欧州のフラットで
あの青い犬を見たときは
まるで昔馴染みに再会したかのような
嬉しさと照れくささを
ひそかに感じたものだった

ところが当時まだ幼かった姪が
たまたま私の目の前で
力任せにあの犬を壊してしまった

姪には何のお咎めもなかったが
私にしてはいささか寂しくもあった

四半世紀も生きながらえて
地球を旅したあの青い犬が
永遠に失われてしまったのだから

あの犬がいた幼少期に纏わる想いや匂いや手触り
私の中に確かにあったものなのに
どこかに行ってしまった

それらが確かにあった場所には
いま何があるのだろう

 

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白乃ちえこ
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