原風景

東京で生れ育った自分にとっての原風景とは
両親と過ごした幼い日々のものでした。

ところが、今の自分の一片をなす心象は
それだけではないようだと知りました。

 

ベルギーからドイツへ向かう森は
あの頃はまだ凍てつく寒さで
プレゼントを満載にして
冬タイヤで走りぬけたものでした。

義父母に対する義務のような、
借り物の服を着ているような、
何かしら居心地の悪さも抱いていたのに、
それでも何年も訪問を繰り返すと

ちゃんと自分の心身が覚えているとは、
名残惜しさがこみ上げるとは、
思いもよりませんでした。

温かいココアの甘いコクも
はぜる暖炉の燻香も
遠くで鳴り響く教会の鐘の音も
カードゲームをしたときの真っ白いテーブルクロスの麻の感触までも

手に取るように蘇るのですから。

義父母が彼の世に発ってから
夫と息子たちだけのクリスマスを過ごすと

譲り受けた燭台で揺らぐ
ろうそくの灯を眺めながら
にぎやかだったあの食卓を想い出します。

 

人びとのしきたりや出来事が
歴史となり
伝説となり
神話となってきたように

ひとつの小さなことがらが年輪のように重なって
原風景となる想いを作り
言葉を生み
行いにつながり
習わしとなり
人となりをも変え
そしてめぐり合わせになってゆく。

一滴のしずくたちが作り上げた大きな流れ。

過ぎゆく年に手を合わせ
来る年に心を向けたいと思うのです。

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白乃ちえこ
白乃ちえこ
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